絵の探求と日々のあれこれ

親孝行から孔子へ (22)学びをやめるとき。

    
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親孝行から孔子へ (22)学びをやめるとき。


前回は、

マニュアルのない
教育現場について書きました。
 


 

また、

生徒が学ぶのをやめてしまう
障壁についても
 

孔子の言葉が残されています。
 

学ぶ者に四失(ししつ)あり、
教(おし)うる者必ずこれを知るべし。
 

人の学ぶや、
或(ある)いは即(すなわ)ち
多きに失(しっ)し、
 

或(ある)いは即(すなわ)ち
寡(すくな)きに失(しっ)し、
 

或(ある)いは即(すなわ)ち
易(やす)きに失(しっ)し、
 

或(ある)いは即(すなわ)ち
止(とどま)るに失(しっ)す。

 

-『礼記(らいき)』学記篇(がくきへん)より-

 
 

学びの四失とは。

 
意味は次のようになります。
 

『 生徒は四つの過ちを犯してしまう
ということを

教師は知っておかなくてはならない。
 

一つは、関心がとりとめもなく多すぎること。
 

二つには、勉強が不十分であること。
 

三つに、簡単に理解したと思い込んでしまうこと。
 

四つに、先に進めずに立ち止まってしまうこと。』
 

学びを妨げるものも、自然の起こり。

 
生徒に降りかかる
このような状況も、
 

自然な起こり
として捉えることができます。
 

教える側が
このことを知っていることで、
 

その様子を受け止めて

その自然の起こりを
観察することができるのでしょう。
 

孔子は
どこまでも温かく

生徒を見守っていたことが分かります。



次回に続きます。