絵の探求と日々のあれこれ

親孝行から孔子へ (9)行き着く心とは?

    
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親孝行から孔子へ (9)行き着く心とは?


前回は、

『論語』で語られている
「知者」と「仁者」について
 

孔子に質問した弟子の話を
ご紹介しました。
 




孔子が追求していた
世の中とは
どのようなものだったのでしょうか。
 

それは、
平和な社会です。
 

そのような社会を実現するための
行き着く心というものを

孔子は 「 和 」 として表しています。


「和」を体現する、理想像としての「君子」の姿。

 
「 和 」 について語った
孔子の言葉が残されています。
 

君子は和して同ぜず、
小人は同じて和せず。

-『論語』子路篇(しろへん)より-

 

意味は次のようになります。
 

 
『 学徳の出来上がった人というのは
いかなる場合にも
 

人と調和し合って事を執り行うけれど、
 

表面上、心を同じくするように
見せかけて事を行うことはない。
 

一方で、

そうでない人はというのは
これとは全く逆で、
 

人と表面上、
心を同じくするように
見せかけて事を執り行うけれど、
 

人と調和し合って事を行うことがない。』


孔子の目指した「和」。

 
孔子の目指した「和」は、
調和でした。
 

個性を曲げて
表面的に同調するのではなく、
 

本当の思いを伝え合い
互いの考えを知ることによって

尊重し合いながら
一人ひとりがいきいきと生きること。
 

その結果としてもたらされるのが
調和の状態、

つまり
「和」の状態というわけです。


結果の中で生きる私達

 
時間軸を意識して
世の中を眺めるとき、

私達はいつも
結果の中で生きている
と考えることができます。
 

もし目の前に
「和」の状態があったなら、

その結果をもたらした
何かが過去にあった

という想いに至ります。
 

「和」をもたらす生き方

 
そのような、

世の中に「和」をもたらす
人の姿

というものを
孔子は教えています。
 

それは、
周囲に期待せずに
自らの品位の向上をめざし

「和」の状態を願い
実現を目指す、

実践の人の姿です。
 

「和」の意味を
もう少し調べてみようと思います。



次回に続きます。