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親孝行から孔子へ (8)知者と仁者 -その2-

    
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親孝行から孔子へ (8)知者と仁者 -その2-


前回は、

『論語』で語られている
「知者」と「仁者」
 

という言葉を紹介しました。
 


 

この「知者」と「仁者」について
孔子に質問をした弟子がいました。
 

孔子より 36 歳も若い
樊遅(はんち)という人でした。



樊遅(はんち)、孔子に問う。

 
樊遅(はんち)の質問が残されています。
 

樊遅(はんち)、知を問ふ。

子曰く、
民(たみ)の義(ぎ)を務(つと)め、
鬼神(きしん)を敬(けい)して

之(これ)を遠(とほ)ざくるは、
知と謂(い)う可(べ)し。
 

仁を問う。
子曰く、

仁者は難(がた)きを先にして
獲(う)ることを後(のち)にす。
 

仁と謂う可(べ)し。

-『論語』雍也篇(ようやへん)より-




「知者」- 孔子の答え。

 
意味は次のようになります。
 

『 樊遅(はんち)が、
知者の態度について質問した。
 

これに対して孔子は、
人として当然行うべき道を努力して務め、

鬼神に対しては崇敬の念はもちながら
これを汚すことのないように
 

礼を欠くほど近づき過ぎない。

これが知者の態度である、
と答えた。


「仁者」- 孔子の答え。

 
次に仁者の態度を質問すると、
孔子は次のように教えた。

仁者は困難な仕事があれば、
何をさておき、これを己の身に実行し、
 

それによって得られるべき
利益や名誉は眼中にない。
 

このようであれば
仁と言えよう。』



『論語』には、
「和」という言葉も出てきます。


次回は、
孔子が語った「和」について
ご紹介したいと思います。