絵の探求と日々のあれこれ

親孝行から孔子へ (6)何を学べばいいのか。

    
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親孝行から孔子へ (6)何を学べばいいのか。


前回は、

理想像としての「君子」
について書きました。
 


 

知識を超えて
実践的に生きる姿には、
 

信頼という
喜びと敬いの気持ちが立ち昇る

深い感動を呼び起こすことを
教えています。
 

では、
そのような生き方とは

一体どのようにして
得られるものなのでしょうか。

自分の限界を知る事。

 
孔子の言葉に
このようなものがあります。
 

之(これ)を知るを之を知ると為し、
知らざるを知らずと為せ。

是(こ)れ知るなり。

-『論語』為政篇(いせいへん)より-

 

意味は、次のようになります。
 

『 自分の知っていることは
「このことは知っている事」として、

自分の知らないことは
「この事はまだ知らない事である」と
 

心にはっきり区別して
認識するのが良い。
 

これが本当の「知っている」
ということであり、

それがまた、
さらに知識を得ていく道である。』


学びの先にあるもの。

 
色々なことを本当に良く知っている人が
謙虚なのは、
 

自分の知識の限界を
よく自覚しながらも

常に学び続けているから
なのかもしれません。
 

「知らない」ということを
自分で自覚することで、

自分が次に何を学ぶ必要があるのか
自然に見えてくる

というのは、
 

自分の実力に応じた
とても自然な生き方だと感じました。


次回は、
『論語』にたびたび出てくる
「知」と「仁」という言葉に
注目してみたいと思います。