親孝行から孔子へ (4)孔子の究極の目的。
前回は、
学ぶことの大切さを説き続けた
孔子の言葉を紹介しました。
また、
孔子にとっての
人生の究極の目的を示す言葉
が残されています。
朝(あした)に道を開きては
夕べに死すとも可なり
-『論語』里仁篇(りじんへん)より-
孔子の想い。
意味は、
『 もしも朝、
人として生きるべき真実の道を
知ることができたなら、
かりにその日の夕方に死んでも
まず満足してよかろう。』
二千年以上も語り継がれてきた
高い人格を持った孔子は、
これほどまでに
人として生きるべき「真実の道」
というものを追求していました。
そして何より、
その追求し続ける姿を
弟子たちに見せていきます。
「道」とは。
孔子が人生をかけて
追求し続けた
自分の品位を高めるための
生きるべき崇高な「道」とは
一体どのようなものなのでしょうか。
孔子はその「道」について
限定的・直接的には
何も語っていません。
目指すのはどこか。
孔子が「道」について
何も言及しなかった、
そのことに
一つの答えを見出すことができそうです。
それは、
自らの「道」を自ら追求し、
実際に
その道を生きる
という
【 実践 】こそが「道」であり、
そこに
学び続ける神髄がある、
ということでしょう。
実際に生きてこそ「道」なのです。
知を超えてこそ「道」なのです。
次回は、
孔子が伝えた
「道」を追求する人の姿について
ご紹介してみようと思います。
