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骨から芸術へ (3)『ファブリカ』大バッシングの時代背景。

    
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骨から芸術へ (3)『ファブリカ』大バッシングの時代背景。

人体の骨格のつくり(鉛筆) by Nori



『ファブリカ』大バッシングの時代背景。


 
前回は、

美しい解剖書
『ファブリカ』の著者である

アンドレアス・ヴェサリウスについて
書きました。
 



 

実は、
ヴェサリウスの『ファブリカ』は、

当時、
相当な非難を浴びたようです。
 
 

時代背景と『ファブリカ』のインパクト

 
ヴェサリウスが『ファブリカ』を著した
1543年いうのは、
 

コペルニクス
(Nicolaus Copernics, 1473-1543)

の遺著、

すなわち” 地動説 ”が公表された年でした。
 

ヴェサリウスの『ファブリカ』が
人間の体という小宇宙を。

そして、
コペルニクスの”地動説”が天体という大宇宙を。
 

科学の大きな謎を解く2冊の書物が
偶然同じ年に刊行されたことから、

1543年を以て、
近代科学史の紀元とする

ともいわれています。
 

不朽の名著

 
『ファブリカ』の刊行は
大きな反響を巻き起こし、

その中には非難もあったのです。
 

それは、

正確に
解剖の結果を述べることを目的とした

ヴェサリウスの『ファブリカ』が、
 

結果として
これまでの古典医学を

批判するもの
 

となっていたからです。

しかし、

ヴェサリウスの『ファブリカ』は
それらの批判に耐え、
 

時代を乗り越えていきます。
 
 

日本までの距離

 
1543年という時代、

日本はどのような時代だったのでしょう?
 

日本での1543年は、

天文12年にあたり、
ポルトガル商船が種子島に漂着!
 

鉄砲伝来の年です。
 

日本人が初めて直接、

西洋文化に触れた年
 

ということになります。
 

日本における解剖図。

 
日本における
有名な解剖図といえば、

『解体新書』があります。
 

杉田玄白、前野良沢らが
苦心してオランダ語を訳し、

解剖図『解体新書』が
ようやく出版されたのは、
 

1543年から
遥か約230年後の

1774年(安永3年)になります。
 

これと同時に、

長崎の本木良永がオランダ語を訳し、
地動説が日本に紹介されることになります。
 

次回は、
『ファブリカ』の解剖図の

美しさの秘密について
書いてみようと思います。






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