絵の探求と日々のあれこれ

絵をプレゼントする人。(その2)

    
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絵をプレゼントする人。(その2)
先日、
絵をプレゼントしてもらった話を書きました。

こちらです。


実は、
絵を贈ってくれた友人は
まだいます。


今回紹介する友人は、
海外勤務で立ち寄った街の路上で

画家さんが
絵画を売っている店先で、
直接絵を購入したそうです。


なんともオシャレな情景です!



自分のための一枚。

そんな海外の街並みの中、


ところ狭しと並べられた
画家さんの絵を眺めながら

彼女はその画家さんと
お話をしたそうです。


そして、
彼女はその画家さんから
絵を買いました。


絵の裏には、

彼女が画家さんに頼んだという
直筆のサインと

Dear NORI
の文字が。



自分では選べない上品さ。

お土産だと言って渡された
その絵は、

清潔感あふれる
真っ白な額装が施されていて、


真っ赤に咲く可憐な花が
なんとも印象的な美しい絵でした。


心の奥がキュンとなりました。


自分では選べないような上品さと
可愛らしさがとても新鮮で、

とても気に入りました。


私の大好きな赤でした。



その絵を選んだ理由。

白い壁に飾ると

一瞬にして
部屋が明るくなります。


いつも自分の部屋に
可愛らしい花が咲いているだけで、

とても嬉しい気分です。


すでに 20 年の付き合いになる彼女は
私にこう言いました。

『この絵を見た時、
これは Nori だなと思ったよ。』



知らない自分に出会う。

その絵は
私の象徴として贈られたものでした。


それと同時に、
私の思い込みを大きく覆しました。


私は自分のことを『こういう人間だ』
というような、

あるイメージを持って生きていました。


私の周りの人も、多かれ少なかれ
私が持っているのと同じようなイメージで、

私のことを見ているはずだと
思っていました。


しかし、それは少し違うよと、
絵が教えてくれているようでした。



プレゼントから受け取るもの

その絵を贈ってもらえて、

その美しい絵が私だと
言ってもらえて、

ちょっぴり嬉しい気持ちでした。


その絵によって、

私は自分の知らない自分を
見ているような気持ちになりました。


私の感性では
その絵を選べないのです。


自分の中で
閉じていた扉がひとつ、

明るい光を放って
ゆっくりと開いていくようでした。


これはとても不思議な感覚でした。



20 年分の言葉でも伝わらなかったもの。

20 年も付き合っていても

きっと彼女の中の私の印象は
私が見せていると思っているものとは
きっと全く違うものなのでしょう。


自分が意図せず、

人の目に映る姿もまた自分。


絵には、
言葉では伝えられないことや
複雑な気持ちを可視化することができる
素晴らしい役割があるのかもしれません。



自分では気づけない
自分のことを

言葉を超えた形で
教えてもらえる素敵な体験でした。



彼女が贈ってくれた絵を見るたびに
海外のオシャレな街並みと、

その絵を選ぶ
彼女のどこか勇敢な横顔が
目に浮かんできます。