《叔父の物語》鈍感の極致。
ある方から
『ついつい小言を言ってしまった』
と言われました。
最初、意味が良く分かりませんでしたが、
どうも私に対して、
ついつい小言を言ってしまった
とおっしゃっているようです。
ちょっと驚きました。
全く、身に覚えが無かったからです。
不思議な距離感。
実はこれは
わたしの叔父の言葉です。
私は叔父のことをとても尊敬しています。
物心がついた頃にはすでに
なぜか見守ってくれている人、
いつも優しく
本当のことを言ってくれる人、
といった印象を持っていました。
幼い子供であっても
そのように感じさせる
叔父の対応の一貫性に
強い信頼を寄せていました。
本気の書評、届く。
小学生になったばかりの兄が小説を書いたことがありました。
たぶん、なにかしらのパクリでしょう。
その小説に、
大真面目に長文の書評を送ってくれたのも
叔父でした。
圧倒的な存在感です。
そんな叔父は、海洋生物学者です。
私がその後、
科学の道を進んだことも
無関係ではないでしょう。
覚えていない。
そんな叔父が昔を振り返って
ついつい小言を言ってしまった
と痛みを思い出すくらいの気持ちで
わたしに言ってくれた言葉の数々。
それを私は全然、
覚えていないのです。
何十年も可愛がってもらってきたのに、
わたしは一体なにを見ていたのでしょう?
一体、なにを聞いていたのでしょう?
鈍感とは。
これほどまでに私が鈍感になれる
叔父の存在は
私にとって
安心感と自由の象徴だったのかもしれません。
ちょっと特別な存在である叔父が
なにか言ってくれている。
なぜかとても一生懸命に
私のことを考えてくれている。
その姿が嬉しくて、
それ以上
何も感じないほど
わたしは幸せだったのでしょう。
確実に転ぶと分かっていても。
何度言って聞かせても、心配したところで
必ずつまずく姪っ子を
叔父はどんな気持ちで
眺めていてくれたのでしょうか。
もう、確実に転ぶ。
と分かっていても、
姪っ子にはどうにもこうにも届かない。
―『ついつい小言を言ってしまった』
そんな叔父の心を
今更ながら感じた言葉でした。
放棄する時。
礼儀とか
思いやりとか愛とか
そういう発想が
自分の中で生まれてこない相手、
それが私にとっての
叔父という存在かもしれません。
叔父の温かい眼差しを前に
わたしは自分の小ささを瞬時に悟り
全ての思考を
放棄することができたのでしょう。
叔父・・・
まったく
不思議な存在です。